コロナ備忘録

20.08.15
おおかたの人と同様に、コロナ禍には辟易している。孤独さや新しさの欠如は心を蝕んでいる。連れ合いと仲が良いのが救いだ。同時に、この状況になれて来ている。昨日の新規感染者は東京だけで360人ほど、全国で1000人を越えている。日本の対応を見ていると、この社会はやはり上が作った概念に操られやすいと思う。「三密」は非常に優れた標語だったし、このことばゆえに、非常事態宣言を発することができた。ところが「ウィズ・コロナ」はウィルス感染を留めるどころか、コロナ・ウィルスがあることを当然とする意識を作りだしてしまった。「コロナとの生活」と言えば、なぜ抑え込まないのか、という批判が出ようが、良く分からない「ウィズ」ということばが持つ曖昧さが、反発を生まない。しかし、コロナ・ウィルスが身近にいることが前提になる。ウィルスがいるのだから、一程度度は感染しても仕方がないという意識に結びつく。

現在お盆で、7割ほどが故郷にもどらないだと言う。小池都知事や行くなと言い、幾つかの県知事は来るなという。それに伴い、東京から戻ってきた人に対する嫌がらせもある。その嫌がらせを批判する声もある。そんなことが、人の移動を萎縮させ、結果的にコロナ・ウィルスの感染を1000人代前半に抑えているとも言える。逆に、政権はGo To トラベルを行い、コロナ禍を拡げる政策をとっている。つまり、ここにおいて「日本人らしさ」は政権に賛否を表明するのではなく、私的な空間において自己防衛を諮るという、政治に有権者としては責任を持たないという点で無責任であると同時に、為政者の言うことは聞かないという自律を伴い行動していることにおかれている。

今度のコロナ・ウイルスの感染拡大を抑えるには次の三つしかないようだ。
1.クラスターが見つかるとPCR検査を大量に行い、その地区を遮断し、濃厚感染者を隔離する。ベトナムやドイツの一部がこうやっている。
2.個々人の健康データを国家が管理し、個々人の評点化を行い、移動を制限する。中国はこのやり方だ。また、シンガポールの来訪者のアームバンド装着義務も同様だろう。この亜流として、飲酒させる店では個人データを登録させるという韓国のやり方は、意味のある折衷案と言えるかもしれない。
3.全般的にPCR検査を数多く行い、発生したらとにかくトレーシングを徹底的に行う。ニューヨークのやり方のようだ。しかし、この3のやり方で果たして収まるのかは分からない。

日本はこのどれもできていない。なぜできないか。医師がPCR検査の多用を反対しているからだというのが、妥当な結論のようだ(毎日記事も。)医師の議論としては、70%の正解率しかないから、PCR検査をやることで30%の誤陰性の人が感染を拡げてしまう、という。また、医療機関がパンクしてしまう、という。しかし、誤陰性が30%もあれば、PCR検査で陰性と判定されても、それなりに注意を払うのではないだろうか。また、医療機関のパンクに関しては、PCR検査を簡易に行える施設を政治の責任で作れば良いだけではないだろうか。いずれにしても、このような疑問が残り続けるというのは、議論がなされないからだ。この停滞を作りだした安倍政権の責任は大きい。

逆に驚くのは、2について、自民党は健康データの国家管理化に極めて消極的だ。このことをどう解釈すればよいのだろうか。保守だが、強い政府を求めない、ということか?

20.7.23
ここのところ、東京型と埼玉型とか言われている。ウィルスが変異して、新たな型になり、感染しているとの理解だ。武漢型は毒性も感染率も弱い、イタリア型は毒性はさほどではないが感染力が強い、東京型は毒性は弱く感染力はイタリア型ほどではない、ということなのだろうか。

今朝のニュースでも、病床が少なくなるので、PCR検査を減らしたいという病院関係者の発言が紹介されていた。これも、日本人の心性に根差したものと言えるのだろうか。文化的エッセンシャリズムでないにしても、各国でここまで対応が違うことは注目して良い。日本では、発見してしまうと不都合である、だから検査をしない、という心理が働く。第一波を完全に超えてしまったのに、政府は第二波とは言わない。専門家委員会が分科会となったことにより、感染専門家の発言力も弱くなった。地方自治体の長は、旅行を「自粛」するように求めているが、政府は「Go To トラベル」という旅行刺激策を打っている。認めてしまうと不都合である。経済発展という命題が達成できないからだ。だから、第二波とは言わない。ただしこの場合、世論は批判的だ。ただ、実際に第二波=緊急事態宣言、とは言えないのだろう。

世界的相場としては、一日800人程度ではたいしたことないからだ。結局コロナ禍の下での日常とは、一日1000人程度の新規感染者は許容し、海外からの渡航者に対しては水際で止めるということなのかも知れない。ただ、日本よりよほどうまくやっている、台湾、韓国、中国、ベトナム、ニュージーランドなどが、日本からの渡航を許すのだろうか。まあ、中国はアメリカとの対立が激しくなっているので、認めたいのかも知れない。他方では、香港では弾圧。タイなどではコロナの名の下に非常事態宣言。アメリカでもデモ鎮圧のために連邦政府が武装職員を派遣。コロナ禍の下「内向き」志向だという評者がいるが、そうは思えない。コロナ禍は、感情や反対や抑圧や個人情報収集の過剰化を生み出しているのだ。

20.7.12
ここ三日ほどは、感染者が東京で200人、全国でも300人を超えている。アメリカ、ブラジルはもちろん、それなりに手を打ってきたインドやフィリピンでも感染拡大が収まらない。いずれはワクチンができるのかも知れないが、だんだんコロナが流行っていても仕方がないと思う社会が多くなってきている。しばらくは以下の三つのタイプに分かれるのかも知れない。

1.新規感染者が一日に数千人から数万人に増え続ける国
2.新規感染者が数十人から500人程度で良しとする国
3.新規感染者をほぼゼロに抑え込むことができている国。

客観的に見て、3の国は、中国、ベトナム、タイ、ニュージーランド、台湾といったところだが、早期に中国からの流入を防いだ国であり、インターネットを利用して個人の隔離を確認し、厳しい罰則を科している国だ。中国にしても、行動の自由を剥奪することはやっていたのだろう。唯一の例外がニュージーランドということだろう。

現在の日本の話題は、業種、地域に限定して、「自粛」と「補償」のセットを提供できるか、というものだ。一方では、小池都政が「夜の町」を敵視しているという左派言説がある。他方では、特定のホスト・クラブなどがクラスター化しており、きちんとコロナ対策をしている店以外には行くなという主張がある。問題は、きちんと対策をすれば、接待を伴う形態の飲食店で、クラスタ―化を避けられるのか、ということが言えるのか。さらに政策にとって重要なのは、そうとは言えないという決定を政治が下せるのか、という点だ。そして、医師会や東北大の西浦氏が言うのが、上述の限定的な「自粛」と「補償」のセットだ。

それにしても、今の中国は酷い。コロナ禍という危機を利用して、香港に治安法を敷き、インドや日本や東南アジアに対しては拡張傾向を強めている。自らが広めたウイルスにも関わらず、苦しむ相手の立場につけこむというこの態度は、記憶され続けるのだろうか。しかし、香港は活況らしい。中国本土やアメリカから撤退する中国企業がドルを得るために入ってきているという。香港は中国の都市の一部になっていく。自由な香港があるというアジア史の時代区分が終わるということだ。

もう一点気になるのが、相も変わらない日本のPCR検査の少なさだ。国際比較から明らかだ。東京都のコロナ関連のページによると、未だに3000程。ここまで来ると、日本がPCR検査をしたがらないのは、制度や医療能力の問題というよりも集合意識によるものだと思う。今日も西村経産大臣が増やしてもその後に罹ったら意味がないなどと言っていた。むしろ言うべきは、受けたい人は誰でも受けられる体制を作る、特に若い人には受けさせるインセンティブを設けるなど、そういう政策をやる気もなさそう。基本的に、日本国民はコロナを恐れている人が多いので、そろそろこのような態度は、政権にとってマイナスになるだろう。

また、WHOが第三者調査委員会を発足したとのこと。トランプ大統領が、アメリカはWHOから撤退する、と言ったことへの対応か。

20.7.8
東京でも100人強の感染者が日々出ている。これで、ダンス・イン(日本の場合「自粛」)に再度なるのかは不明。ブラジル大統領のボルソナロもウィルス感染した模様。ジョンソンに続き、よく知られた国家のリーダーとしては二人目だ。そのほかに、中央アジアの独裁者もかかったと報道されていた。その人物の場合、ウォッカで治ると豪語していた。このウィルスは、謙虚さを教えてくれるようだ。

現時点で明らかになったこと、四点ほど。①2週間に一度、このウィルスは変異しており、現在のところ武漢タイプとイタリア・タイプがよく言われている。②変異は、毒性を減少し、感染力を増す傾向にあるが、このウィルスの場合、毒性減少はあまり生じていない。③クラスタ―は屋外で生じることはほとんどない。日本で言う「市中感染」もレストランや飲み屋で発生しているのか、新宿あたりの通りで発生しているのかはより明らかにされる必要がある。ただし、子供はほとんど感染源にならない。④このウィルスはインフルエンザと異なり、呼吸器系にダメージを与えるのではなく、血管にダメージを与える。よって、毛細血管が多くあるところの被害で生じる。脳だったら脳梗塞、心臓だったら心筋梗塞、手足だったら「川崎病」といったところ。

ロック・ダウン―ダンス・イン―ダンス・アウトというサイクルが今日を捉える比喩としては適切といったところだ。また、社会的に明らかになっているのは、福祉国家が整っていないところは、ウィルス感染による治療破産が生じてしまう。フィリピンやアメリカなど。また、アメリカはオンライン授業を行う大学への留学生にビザを制限、日本は日本に生活がある外国人であったも入国を認めない。ヨーロッパは域外からの移動を相互主義で認めたい様子。移動の権利の差が明らかになってきている。

20.06.28
各国で、経済活動を再開せざるを得ない。また、「自粛」や都市封鎖もを要請するのであれば、それらは選択肢としては選ぶことが難しい。そもそもグローバル・サウスでは都市封鎖をしてしまうと生存の危機に直結し、ノースの社会でも、もはや財政が持たないということだ。そこでレジリエンスだ、ということになる。ただ、この概念は根本的な曖昧さが残るので、結局明確な方針にはなり得ない。

感染率ということだと今度のウィルスは例外ではないのだが、無症状の時に感染が起きるということが脅威だ。このことの大きな意味は、CPR検査を比較的広範囲にしたところで、実際の感染者数を十分な精度をもって知ることはできず、感染者数が検査数によって変わるという傾向は変わらないということだ。逆に、客観性を持って知ろうとすると、武漢のようにある都市の住民ほぼ全てに対して、検査を強制的に受けさせるというような社会システムが必要となる。

日本では、無症状時感染を政府が公表することを相当にためらった様子だ。たぶん二つの展開があったのだろう。
A無症状感染→個人データの追跡
B無症状感染→パニックを起こすので、その点は伝えない(強調しない)→しかし、この点が知れわたった後に、人々が「適切」に恐れる
今となっては、この特徴は周知のものである。そうなると、
C無症状感染→恐れても仕方がない
D無症状感染→避けようがない→物資が少ない中で通常の生活に戻らざるを得ない
という展開もあるようだ。

Aの極が中国、それに類似した方法を取った社会として韓国・台湾があろう。Bが日本や西欧の大陸部、Cアメリカやイギリスやスウェーデン、CとDの間がブラジル、Dロシアやアフリカや南アジアといったところだろうか。結局Aに行きつかないとウィルスの制御ができないのか、Aに本質的に非民主的な要素があるのか、が問われよう。その点でも、今度の中国の香港に対する対応は、Aに対する猜疑心を著しく強めてしまった。逆に中国には、Aはやるが、同時に民主主義も進めるという例を示してほしかった。そうすれば、中国に対する敬意も高まっただろうし、個人情報の集積と民主主義についての思考を進めることにもなっただろう。

20.06.27
結局今度のウィルスに対しては、ワクチンはあまり期待が持てない。その代り、唾液や声紋からウィルスに罹ったことが分かるテストは比較的早くできるようだ。また、今度のパンデミックでも、いかにシミュレーションが外れるかが明らかになっている。結局は死者数からのみで予測するモデルが一番当たっているとのこと。それは、逆に、何が要因で広がるのか、という根本的な問いにはあまり役に立たない。相関が示されるだけだ。

すでに4月初頭から言われていたが、アフリカでの蔓延がすごいことになっている。ロックダウンをすると、他の感染症が治療できない。ヨーロッパやアフリカでは国境を越えた移動を許容している様子。そうなると、結局、流行をどれほど抑えられるかが、逆に経済活動の活性化に資することになる。この点からも、アメリカやロシアの失敗が明らかだ。

結局、どれほど数値が出てきたら、どうすべきなのか、という点があまり明確にならない。

20.06.20
コロナか、経済か、という視点はおそらく誤っていた。コロナによる死→都市封鎖・非常事態宣言→人の移動の規制→経済危機→自殺等の経済危機による死ということだ。都市封鎖・非常事態宣言を行えば、コロナによる死<経済危機による死。行わなければ、コロナによる死>経済危機による死、となる。では、この二つの死を避けるためには何をしなければならないかというと、人の移動の規制をしたままでの経済成長か、コロナ感染を妨げる技術の開発ということにある。前者は、ほぼ無理なことが立証されつつある。テレワークには限界があるし、とりわけサービス・セクターにおいては人に会わないということの経済的負荷は大きい。後者については、楽観的なニュースが現れては悲観的なものによって打ち消される。コロナに罹ると、呼吸器系や心臓疾患が後遺症としてのこるようだし、コンタクト・トレーシング用のソフトも60%の人が利用しなければ意味がないという。それらのソフトの多くは、個人情報の扱いについて不十分である。また、抗体は減少してしまい、一度コロナに罹ったと言って、罹患しないことはないという。さらには、インドやブラジルにおいて、現在、感染爆発が起きている。フィリピンの感染者数も、日本を抜き去ってしまった。

これから短期的におきることは、国境を越えた、人の移動をどのように可能にするのか、ということだろう。日本は、ベトナム、タイ、ニュージーランド、オーストラリアと人の移動を始めたいということらしい。オーストラリアのキャンベラの大学は、留学生を率先して受け入れる準備を進めている、とのことだ。

昨日の夜、プロ野球が再開した。私は全くスポーツ観戦に関心がないのだが、人に会えないことは正直に辛い。ホテルに集まったりしたりして、騒いでいる人々がうらやましかった。

20.06.16
コロナの影響がどこまで及んでいるのか。そういうことの検証は難しいのだと思う。例えば、黒人差別に対するデモ、北朝鮮による韓国への威嚇、中国政府の香港治安条令は、いずれもコロナに関連付けられている。デモは黒人が白人の2倍でコロナで亡くなっていることが要因と言われる。威嚇は公式発表に関わらず実際に拡がっているコロナに対する目くらまし、治安条令は欧米がコロナ対策で大変なので、これを機に長年の課題を克服しようというもの。しかし、実証しようとすると難しい。せいぜい、何らかの言説に依るしかない。

結局、今度のウィルスはどのように感染が広がるのか、明確には分からない。今朝のニュースによると、北京でまた感染が増えているが、それは海外で行われた魚の加工に依るのだという。そうなると、食品を介して感染することになる。飛沫、トイレ、それに食品ということになれば、新たな脅威が増すことになる。日本では、①PCR検査、②抗体検査、③抗原検査に加え、④下水の検査も有用とのことだが、④の結果は知らされていない。また、例年と比べた際の超過死亡が指標として使われているが、アメリカの方がましだが、日本でもこの指標は時々出てくる程度だ。

予想に反して、経済への打撃も少ないのではないか、とも言われている。それに今度のコロナに対する認識の変化もある。東アジアでは、「三密」や、小池都知事の言う「自衛」――誰からももらわないし、うつさない――という意識がそれなりに浸透しているが、ヨーロッパやアメリカでは、経済活動再開や社会生活や政治的表現の自由こそが焦眉の関心である。単純に、欧米では、これでは感染爆発を止められないのではないか、と心配になる。

株価は乱高下、しかしアメリカでの失業者数は4400万人。今までの常識が通用しない世界だ。

20.06.12
コロナ危機は、貧富の問題につながっている。よく言われるのは、ブラジル、ロシア、メキシコ、ペルーだ。今後、アフリカにも広がることが言われている。他方では、ニュージーランドでは、新規感染者がゼロに。南太平洋諸国の早期の渡航禁止と、アジア諸国の徹底的なトレーシングを実行したという。その反面、麻生太郎による日本は「民度」が高いから、感染者も死者もすくないという発言。昨日は国会で片山虎之助が「総合力」と言い換えていた。報道によると、衛生観念、靴を脱ぐこと、あいさつとしてキスをしないこと、BCG、マスクの習慣重要だという。

先だっての会議で、「今週のコロナニュース」というサイトが紹介されていた。なかなか整理されている。5月31日号では、無症状の人からの感染があるのか、どのタイミングでの感染があるのか、が取りあげられている。日本が「成功」したのは、結核撲滅の経験から、「クラスタ―つぶし」と「三密」が功を奏したということらしい。この集合的記憶が、人々の行動を変えたということだ。

株価が不気味に乱高下している。GAFAが儲けている、国債発行を乱発しているので官製市場になっている、アメリカの封鎖解除への過大な期待などが言われている。

20.5.28
アメリカでは死者が10万人を突破。合掌。

3月末に放映されたNHKのクラスター班の番組では、緊急事態宣言は数を減らし、またクラスタ―つぶしをできるところまでにする、という目標が述べられていた。北九州市では5~9名の新規感染者がいるとのことで、観光施設などは差閉鎖した。フィンランドでは、第二次世界大戦時の危機管理体制が良かった。食料・生活必需品や医療資源の備蓄がなされていたという。3月16日に緊急事態宣言をし、飲食店を閉鎖した。また、4月上旬には抗体検査を実施している。フィンランドの感染者が6600人に対し、スウェーデンでは3万4000人が強調される(『産経新聞』5月28日付7頁)。ベトナムは「死者ゼロ」で経済再開。権威主義という批判と、それに対して、情報の公開性があるからうまく行ったという論調がせめぎ合っている(『東京新聞』5月28日付4頁)。さらには、中国・武漢の方法がもっとも徹底的なものとして注目される。毎日100万人のPCR検査をできるようであり、600万人を検査、その内無症状陽性が218人だったとのことだ。ただし、このようなやり方でも、陽性者を完全に洗い出すことはできないという中国国内の見解が示されている(『毎日新聞』5月28日付)。

また、様々な経済政策が公表されている。EUは89兆円、日本二次補正117兆円、中国の額もすごかった。

20.5.27
コロナ以後の議論や対応策の各国の対策紹介が盛んにおこなわれている。ニュージーランドのアーダン首相が成功例として論じられる。彼女のリーダーシップの下、1月末中国からの入国禁止/2.28初の感染者/3.25レベル4施行と不可欠な外出以外制限。その上で、A3一枚の分かりやすい手引書を配ったという。彼女のフェースブックを介した語り口が称揚されている(『東京新聞』5月26日付4頁)。また、台湾、韓国、ベトナムと比べ、3月、4月の日本の感染者数が増えたのは、ヨーロッパからの帰国者の波を水際対策で押さえられなかったからだとの議論もある(藻谷浩介『毎日新聞』5月25日付)。さらには、飲酒も興味深いところだ。日米では巣ごもりによる飲酒の増加が問題視されているが、日本の場合、居酒屋等の時間制限があった。フィリピンでは、自治体によっては完全に禁酒があるようだ(TV Patrol 5.26)。より重要なのは、主要なテレビ局ABS-CBNが5月半ばでフィリピン国内では放送取りやめに追い込まれたことだろう。他の側面では、二日前に首都圏も含み緊急事態が解除されたが、日本モデルがうまく行ったという議論がなされている。安倍首相もそのような意味づけをしたいようす。社会的同調圧力とそもそもの静かさと産業別のガイドラインが特徴的という論調(Washington Post)。仏文学者鹿島茂は、またイマニュエル・トッドの家族構成論に基づき、核家族化が進んだヨーロッパと三世代家族のアジアを比較しつつ、物流や人の交流が止まる世界の「中世化」が進むと言う。その中で極端に反応するのが、日本の鎖国化だと言う(『産経新聞』5月27日3頁)。しかし情報は流れ、モノや人の移動は可能なのに、物流・交流が止まるというのは現実的なのだろうか。

他方、自由貿易が低減していくことの裏には、食料供給が制限されるという恐怖が示されている。ロシア、ウクライナ、エジプト、トルコ、ミャンマー、カンボジア、エルサルバドルなどの14国が食料の輸出制限を行っている。国際機関の共同声明などがある

20.5.25
『産経新聞』などを中心に、各国比較の行われつつある。この文脈では、5月3日のNYTの記事が秀逸だ。なぜある場所で感染が拡がり、死亡率が高まるのか、合理的な説明がつかないという。現在のところ、感染拡大が生じ、死亡率が上がると、失敗の理由はある程度推測がつくのだが、逆に成功している説明はできていない。単純な比較は、ステレオタイプに結びつきやすい。例えば、アジアタイムス記事「東アジア人は個人主義的な欧米人よりもルールに敏感であるという傾向がある。」(『産経新聞』5月25日付7頁)単純に、「現在の東アジアの人々には、欧米よりも順法主義が根付いている」くらいの表現にすればよいのに、なぜか個人主義ということばを使いたがる。

詳細さが重要なのだ。そのなかで気になるのが、武漢とシンガポールだ。武漢に関しては、全市民に対して、PCR検査をするという方針らしい。300万人を検査したとのこと。単純な疑問として、なぜ日本ではこのような方策が議論の俎上に上らないのだろうか。ひとつには、日本における専門知のあり方にもよるのだと思う。医者や感染学者の発言権が大きすぎる。2月にはオリンピックの中止を避けたかった。これは政治家主導。3月にはクラスターつぶしで対応できると考えた。これは、厚生労働省クラスタ―対策班の見解。また、病床確保ということもあっただろう。4月以降はよく分からない。この検証は、されるべきだろう。また、野党もこの点では、主張が明確ではない。韓国では、長期滞在者の再入国時に検査で陰性が出ていることが入国48時間前までになされなければならない、という方針が示されたという。シンガポールについては、2月の段階で、外国人労働者に対する危険は把握されていたという。しかし対応してこなかった(『東京新聞』5月25日付6頁)。そういえば、日本でも入管が一時期三密の問題とされていたが、現在までのところ、クラスタ―化は避けられたようだ。

20.5.23
東京も、そろそろ緊急事態が解除されそうだ。そのガイドラインが発表されている。そのようななかで、日本ではテストをどのように拡大するのか、という議論がない。テストをせずに、感染者が出ないということが国外に説得力を持つのだろうか。今後、国境が徐々に開いていくなかで、日本のテストの少なさは問題になるのではないだろうか。例えば、日本からの渡航者のみ、入国禁止や二週間の待機、または日本への渡航禁止など。他方、アメリカでは私企業も再開するためにPCRテストを行うということの是非が論じられている。フィリピンでは、OFWの問題がある。補助金もあるようだが、海外から戻って来れていない人も多い様子。具体的な数は調べられていない。

現時点でのコロナウィルスと緊急事態・都市封鎖解除を見ると、全世界的に三つのトレンドが見られる。①東アジア、ニュージーランドのように、とにかく新規感染を抑制した上で、徐々に解除というパターン。②感染が横ばいまたは拡大しつつあるなかで、解除していくというアメリカやブラジル。この場合、予防は私企業や個々人に課せられるということになるのだろうか。③イエメンのように、感染爆発が起きているのだが、緊急事態・都市封鎖できる統治能力が欠けている場合。また、ロシアのようにそれなりに緊急事態等を行うのだが、感染爆発を抑えられていないケースもここに含まれるのだろう。そして、例外として、集団免疫を目指すゆえに、緊急事態・ロックアウトをとにかくやらないというスウェーデンのケースがある。

20.5.21
いくつかの発見がある様子。韓国政府によると、一度発症した人の再発症はないということだ。再発症したと思われたのは、ウィルスの死骸を感染と誤解したとのこと。このニュースは19日付『東京新聞』の「再陽性 別の人に感染せず」という韓国当局の記事をうけたものだろうか。いずれにしても、多くのPCR検査をしているのでデータに基づいた結論には説得力がある。また、アメリカでは暑くなっても感染は弱まりという研究結果が出ている。

NHK BSの特集番組によると、成功例は、韓国、ドイツ、ニュージーランドとのこと。ノーベル賞を取った本庶佑は、日本政府は科学者の意見を聞かないという評価。PCR検査の少なさがその一番の根拠のようだ。しかし、客観的に見て、死亡者数は少ない。つまり、日本における感染の被害は相対的に見て軽い。それはBCG予防接種による全体的な免疫力が高いからではないか、という仮説を立てていた。

コロナをめぐって、怒りが色々な形で表れている。日本のPCR検査をしなかったことの責任ニューヨークでの感染爆発とデブラシオ市長の責任もっと事前に緊急事態宣言が行われればより36,000の人が救われただろうというコロンビア大学の研究トランプ大統領はWHOの事務局長テドロスの責任を追及している。以下彼の手紙の仮訳。

テドロス事務局長は
・2019年12月初旬、またはそれ以前のWHOへの通報を無視した。また、通報に基づき、中国の調査を行うこともなかった。
・WHOの北京事務所は、12月30日に武漢で「大規模な公衆衛生」上の懸念を知っていた。翌日には台湾からの人から人への感染についての通報があった。それにも関わらず、対応しなかった。
・2020年1月11日に上海公衆衛生病院のZhang Yongzhenがコロナウィルスのゲノム配列を明らかにしたが、中国政府が彼の実験室を閉鎖した。しかし、無視した。
・2020年1月14日に、人から人への感染が起きないという中国政府の発表を是認した。
・2020年1月21日に、習近平の圧力の下、緊急事態を宣言しなかった。
・2020年1月28日に、習近平と会ったのちに、中国の「透明性」を賞賛した。
・2020年1月30日に、ようやく「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を発したが、国際的な専門家による調査を要求しなかった。なお2月16日に調査団が中国に行くことができたが、中国政府は最終日まで武漢の調査を拒んだ。
・中国国内の移動禁止は称賛したのに、アメリカ政府による中国からの入国禁止措置は批判した。
・2020年3月3日に、「インフルエンザほどの感染力はない」「二日以内には発症する」と無発症感染の危険性を軽視した。
・2020年3月11日に、パンデミックを宣言したが、その時点で4000人が死に、10万人が感染していた。
・2020年4月11日に、アフリカ諸国の在中大使館がアフリカ人に対する差別について抗議したが、これには沈黙したのに、台湾に対しては自らが差別を受けたと訴えた。
・中国の「透明性」を賞賛しつづけている。
・自らの緊急事態委員会の提言にも関わらず、中国に独立した調査を受け入れさせるように説得すらしていない。

なお、2003年のSARS危機の際に、WHO事務局長のハーレム・ブルントランは、55年の歴史のなかで初めて、[中国に?]渡航制限を出した。また、内部告発を抑え込もうとする中国を批判することを恐れなかった。

20.5.20?
全体的に楽観的に空気が拡がっている。職場もそろそろテレワークのみではなくなりそう。職場の基準のStage RedがOrange かGreenに変わったときに、どう対応しなければならないかを、考えなければならない。モデルナというアメリカの製薬会社が、ワクチンの臨床実験に成功した。血液中の抗体値が上がったという。「アルジャジーラ」では、このニュースへのコメントとして、今年末または来年冒頭には、ワクチンができるのではないか、と言っていた。また韓国政府は、再陽性した人からは、感染が拡がらないということを言っている。各国でロックダウンや緊急事態宣言が解かれつつある。私のお気に入りのNYTのチャートをみると、ヨーロッパやアメリカや東アジアではもはや感染爆発という状態にはない。他方では、ブラジルやメキシコといった感染者数が数万人を超えた国や、モンゴルやイエメン、中央アフリカ共和国などのまだ数百人の国でどんどん広がっているのが分かる。

また、WHO総会において、コロナウイルスの発生源調査を中国が受け入れるという。といっても、ウイルスが収まったらという限定付きだが。米中対立が言われているが、問題はそこではない。ここまで多くの人が死んでいくなかで、その怒りがどこに行くかだ。トランプ大統領の中国批判やWHO批判は、いわば結果で、原因ではないのだろう。習近平もそれを察知しているということだろうか。その一方で、本日付けの『東京新聞』では、中国でコロナウイルスに関わる様々な声を集めたネット・アーカイブスの主宰者が拘束されたという。ギットハブという技術者向けのSNSを使っていたが、メールアドレスから本人のアイデンティティが明らかになってしまったとのこと。また、中国が上述の調査案を主導しているオーストラリアからの大麦の輸入を止めている。怒りが中国共産党に向けられるのは仕方がないと思うが、中国人への差別につながることを恐れる。昨日の『産経新聞』では、帝国の医療を研究してきた飯島渉が、ダイアモンド・プリンセスにいた人の声を集め、アーカイブス化することを勧めていた。

20.5.19?
経済学者の森永卓郎は絶対にインフレにならないと言っていたが、今度のコロナウイルスは本当にそうなのだろうかと疑問を抱かせる。マスクは品薄だったが、現在では余っている。他方、ティッシュペーパーは1人1点。納豆も1点のみだ。アメリカやフランスの食肉工場がコロナウイルス予防のため、または感染拡大のために閉鎖しているとのこと。また、アフリカではバッタの大量発生で、穀物が大きな打撃を受けていると言う。これもコロナのせいで殺虫剤が品薄になったからだという。生産や流通が多少は被害を受けてもすぐに立ち直るというのが森永の論拠なのだろうか。いずれにしても、食料不足はより実存的な恐怖に結びつく。

今日あたりのニュースでは、プライバシーを守りつつ、Bluetoothを使って、他人との接触を記録するアプリについて盛り上がっている。ただし、アップルとグーグルからコードの開示がないと開発できないという。これを機に、GAFAや政府のデータの独占は許さないという潮流が生まれ出れば良いのだが。つまり、本人が許可しない限り、ネット上の自らに関するデータについて、徹底的に匿名化しなければならないとか、徹底的に削除しなければならない。そうできないなら、法的な責任を負うなど。

韓国のクラブからの感染は、4次感染までいったがあまり広がっていないようす。あそこまで徹底的に防疫対策を行っている国で、第二波で指数関数的に増えてしまうのでは、打つ手がなくなってしまう。ちょっと安心。

20.5.17
各国で緊急事態またはロックダウンの解除がなされている。その際の基準が異なるのは当然と言えば当然だが、そもそも使われている概念も違う。例えば、5月16日付『産経新聞』によると、ヨーロッパだと「実行再生産数」という考え方が提示されている。また、韓国では「管理下での感染比率」という考え方を提示している。大体の指標としては、空き病床、一定人口あたりの新規感染者数、感染者数に対する感染経路不明といったところ。

日本国内でも基準がいくつかある。大阪府、新規感染者10人未満、検査体制のひっ迫状況7%未満、病床のひっ迫率60%未満。首相官邸は、季節性インフルエンザとの比較、感染経路の不特定、医療提供体制のひっ迫が、数値を上げずに論じている(p.9)

また、未来予測が色々なされているが、例えば『若き数学者のアメリカ』の著者藤原正彦の見解だと、米欧vs.中国、グローバリズムが富者に利する制度であり貧困層には死をもたらすという新たな意味付け、サプライ・チェーンの国内化と言う意味でのグローバリズムの終わり、自国一国主義の強まりといったところ。アフリカでの水道水インフラが整備されていないことが言われているが、アメリカでは水道を止められてしまう人が1500万人もでると言う(5月17日付『産経新聞』)。

朝のTBSのサンデーモーニング。IMFによると世界の今年の経済成長が△3.0%(「日本が丸々ないようなもの」)、日本が△5.7%とのこと。寺島実郎の見解。今はとにかく公的資金の注入による救済という流れだが、「まともな政策科学ならば」、その財源をどうするのかという議論がなければならない。日本の財政はそもそも借金がGDPの2倍といういびつな構造。孫ひ孫に借金を負わせないために、日本人がどういう産業で生き延びるのか、を考えなければならない、というもの。彼の素晴らしいところは、この経済理論を一貫して言ってきていることだ。

韓国でのクラブがクラスター化してしまったが、そこに起因する感染者が、160人になった。

20.5.15
現在起きているコロナウィルスの世界感染を受けて、同時代史として書き残したい。昨日はNYTでアメリカ連邦議会の公聴会があった。疫学の専門家リック・ブライト(Rick Bright)によると1年~1年半でワクチンができるというのは、まったくもって楽観的とのこと。ワクチンを作る際の安全性が重要であり、人体に有害なワクチンにしないようにするにはどうすれば良いのか、という点を強調していた。

4月の終わりごろだったと思うが、The Hammer and the Dance というHPがアップされて、そこの議論が良くまとまっていた。ただ、もはや統計的予測はやや食傷気味で、実際に各社会で何が起きているのかに目を向けなければならない。その際に必要なのは、きちんとしたデータを取ってくることで、先入観は避けるべきだ。データを精査した上で、社会的背景を考えることが重要だろう。この点では先だって『毎日新聞』に載っていたジャレド・ダイアモンドの議論は不十分だった。総じて『毎日新聞』は信頼がおけるが、いかに有名人とは言え、といよりもパブリック・インテレクチュアルになってしまったからだと思うが、調査を十分せずに各国の成否を論じるのは避けなければならない。

とはいえ、データの集積は重要だ。Our World in Dataは参考になる。それにもはや老舗だが、ジョンズ・ホプキンズ大のものも。それに私のお気に入りはNYTだ。こういうところは、英文メディアが強い。その反面、最近では質的なデータの集積もなされつつある。そんなに読んでいないが、京大東南アジア研究所の現地報告がアップされた。また国連の職員のブログも興味深い

今週になって注目されるのは、韓国ソウル市梨泰院のクラブでの感染だ。二次感染の典型だ。今朝のKBSニュースでは、主には京畿道だが、市内感染が広がっているという。確認されたのは150人ほどだ。3万人ほどが検査を受けたが、2000人?ほどは勧告を受けたのに名乗り出てこない、とのこと。検査を受けないことは、違法なのだろうか。警察がクレジットカードの記録を韓国CDCに提供したとも報道されていた。韓国の防疫対策は、ここまで素晴らしかったが、逆に個人のアイデンティティまで犠牲にして、防疫してきたことに、人々、特にLGBTの人たちの不信感は大きいということらしい。

現在のところ、①PCR検査、②抗体検査、③抗原検査の三種類がメディアレベルでは論じている。①は日本に十分な能力がなかったうえに、政治リーダーシップの欠如やクラスター追跡重視の方針から3月初めごろから5月初めまで足りないことが言われ続けた。②はコロナウィルスに係った人が作り出す抗体を検査するもの。抗体ができたからもはやコロナは怖くないという言説はあまり広がっていない。抗体ができない場合や、特定の抗体が効かない場合もあるのだろう。むしろ、この度のウィルスのように無症状や軽症状の人が多いので、では実際どれくらいの人がかかっていたのか、いるのか、を知る指標として使われている。NYの場合だと、最大サンプルの21%だった。それに全人口と掛けると250万ということらしい。しかし、抗体検査は統計的にも十分に正確ではないとも。東京大の調査が今日『毎日新聞』に載っていた。0.5%で、これに東京の人口を掛けると8万人くらいという。③は①よりもよほど簡単に調査できるのだが、③で陰性が出ても①で陽性になることがあるということだ。

昼ご飯を食べながら、エンタ・ニュースを見ていたら、中国武漢で行われた昨年10月の軍人体育大会とコロナウィルスの関係が論じられていた。神田外大の興梠一郎がコメンテーター。米中の論争にヨーロッパ人が参加しつつあるというもの。全体の論調としては、中国が体育大会の前に行った、対コロナ訓練でコロナウィルスの存在を前提としており怪しいというもの。まあ、推論に推論を重ねた感が現時点では拭えない。