特殊研究演習V[アジア・日本研究コース]

講義題目:卒業論文執筆に向けて
授業の目標、概要:
この授業はアジア・日本研究コースの3年生を対象とし、卒業論文執筆に向けた準備を行なうことを目的としている。基本的な調査方法や論文の書き方について学ぶとともに、各自が卒論のテーマについて具体的に検討し、それに関する調査を行う。その成果を授業中に発表した上で、学期末に4000-8000字のレポートとしてまとめる。
授業のキーワード:調査、論文、アカデミックスキル、資料分析
Research methods, thesis writing, academicskills, documents analysis
授業計画
・調査方法、論文の書き方についての説明
・資史料の読み方についての検討
・各自のテーマについての発表、討論
授業の方法:演習、ただし外部の人の経験談や講義も含める予定。
成績評価方法:発表、討論への参加、学期末レポートによる。
主要参考文献:戸田山和久『新版 論文の教室』NHK出版, 2012
履修上の注意:基本的に3年生の履修を想定しているが、留学などで当該年次に履修できない学生は、内定生としての2年次Aセメスターに履修することが望ましい。
その他:今季は、特に2次文献(史料・資料)と1次文献(史料・資料)を区別して、論文の構成を学んでいくようにします。つまり、「史料批判の観点から、当事者がその時々に遺した手 紙、文書、日記などを1次史料と呼び、第三者が記したそれらや後の記録を2次史料と呼んで、前者を後者より重視する。このため、書物は豊富な情報量を持ちながら、2次史料として扱われることが多いのだが、これを1次史料として読み直すことも可能である」(東京大 学教養学部歴史学部会編『資料学入門』岩波書店, 2006, p. 8)とあります。歴史研究の人 にとっては、この区別はとても重要ですが、他の学知においても、無視できない、極めて基本的な問題です。この引用の「重視する」の部分は、学術によって異なると言えるでしょう。逆に言うと、この問題への対応の仕方で、学術が決まってくるとさえ言えるかも知れません。

スケジュール
10月6日 1. ガイダンス
10月13日 2.現在までに出したレポートなどから
10月20日 3.ツリー・マップの作成
10月27日 4.研究ノート、データベースの作り方、メモの取り方
11月3日 5.文献探し方、文献リストの作成
11月10日 6.アウトラインの作成
11月17日 7.論文の構造―指導教官の論文を読んでみよう!?
12月1日 8.ゲスト・スピーカーI
12月8日 9.序論を書いてみようI
12月15日 10.序論を書いてみようII
12月22日 11.ゲスト・スピーカーII
1月5日 12.期末レポートの輪読I
1月12日 13.期末レポートの輪読I

参考文献
(論文の書き方)
【社会科学系】
・レメニイ、ダン他、小樽商科大学ビジネス創造センター訳『社会科学系大学院生のための研究の進め方 : 修士・博士論文を書くまえに』同文舘出版, 2002.
経営学の研究者によるもの。資料の読解については、ほとんど記述がない。他方、論文の書き方が、他分野よりも形式化しており、その分だけ分かりやすい。「三角測量的手法」は、当たり前すぎるのだが、あえて言語化してくれるのがありがたい。

【哲学系】
・戸田山和久『論文の教室 : レポートから卒論まで 新版』東京: NHK出版, 2012.
哲学者によるもの。この手の本ではスタンダード。他書に比べて、論理学の部分が分かりやすい。また、口語体で書かれているのも広く受け入れられている要因だろう。10の鉄則は普遍性が高い。悪文の分析も優れている。

・伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』筑摩書房, 2005.
哲学者による思考法についての論述。今西錦司の生態学とダーウィニズムの対決は、読みごたえがある。論文の書き方ではない。ただし、書くことと考えることが密接に繋がっていることが前提となっているので、論文執筆にも役立つ。戸田山書が単純化されすぎているのだが、そのような傾向に対する解毒剤とも言える。「分厚い記述」「薄い記述」、「ピュロン主義の倫理的懐疑主義」(文化相対主義)、「文脈主義と立証責任」、「やわらかい反証主義」など概念が魅力的。

・福沢一吉『文章を論理で読み解くためのクリティカル・リーディング』NHK出版新書, 2012.
科学哲学者による論文指導。文書の読み方が中心だが、論証の進め方については、とても理路整然と書かれている。歴史分野だと、この人の言う「トゥールミンの論証モデル」は適用範囲が広い方法だと思う。

【文化人類学系】
・川喜田二郎『発想法 : 創造性開発のために』中央公論新社, 2017.
文化人類学者の発想法研究。いわゆるKJ法の提唱者。KJ法とはいわゆるマップを定式化、制度化したもの。古い本を改訂したものだが、入手しやすく読みやすい。著者は実験科学、書斎科学、野外科学と分けているが、KJ法はフィールドワークの知を再構成するものとして有用だ。というのも、現実は無限に複雑なので、観察や体験を整理するとき、どのように整理するかが問題として立ち現れるからである。他方、資料は読まれ方が、その時代に拘束されるものであり、とりわけ行政文書はより狭い意味と効果を意図して作られている。つまり、文章の意味が一義的でしかない。だから、対象がもたらす意味を観察者・読者が分かりやすく整理するという要請は低い。もっとも、KJ法はどのような文献を探すべきか、という考察を得るのには役立つ。

・川喜田二郎『続・発想法:KJ法の展開と応用』中央公論新社, 1970.
前書が良かったので、期待していたが、あまり議論が発展していない。むしろ、細分化されすぎて、分かりにくくさえなってしまっている。方法論を突き詰めていくと、無味乾燥になってしまうが、KJ法もこの本においてはその段階に入ってしまっているとの印象が強い。事例は、陳腐なものが多い。

【法学系】
・近江幸治『学術論文の作法 : 論文の構成・文章の書き方・研究倫理. 第3版』成文堂, 2022.
法学者による懇切丁寧な解説。法学分野の内部事情も分かって興味深い。また、細分化されているので分かりやすい。他方で、例えば仮説などについては、他分野への適用が難しいと思われる箇所もある。研究計画の立て方は白眉。書き方の項目では、主語・述語関係や修飾語の扱い方は、納得するところが大きい。

・新堀聰『評価される博士・修士・卒業論文の書き方・考え方』同文舘出版, 2002.
商法の人の論文指導論。図が分かりやすい。相当に早い段階で仮タイトルをつけさせるというのが斬新。

【その他の人文学系】
・佐藤望, 他『大学生のための知的技法入門. アカデミック・スキルズ. 第3版』慶應義塾大学出版会, 2020.
人文学系の教員四人の共著。実践的な部分と理念的な部分のバランスが良い。KJ法も含め、様々な方法を手際よく提示しており、好感が持てる。また、「スマホを活用し、3分でレポートを仕上げる方法」など、ちょっと笑わせてくれるコラムも面白い。

・村上紀夫『歴史学で卒業論文を書くために』創元社, 2019.
日本史研究者によるもの。読み手が史学科日本史専攻、しかも中世・近世史中心と相当に絞りこまれているので、当然、この分野で卒論を書くのであれば役立つ。外国史を含む歴史学分野で書かれる卒業論文・修士論文にも有益だ。謙虚に当たり前に、理念的なことが書いていることが際立っている、日本史研究者としての実力を発揮といったところだろうか。ただ、一次資料や二次資料が極めて充実しているという日本史分野を前提としており、東南アジア史から見ると、違いを感じるところも多い。歴史分野で卒論を書くのであれば、一読を薦める。

・エコ, ウンベルト, 谷口勇訳『論文作法 : 調査・研究・執筆の技術と手順』而立書房, 2003.
アナログ時代の情報収集の仕方とそのまとめ方としては、高水準。もはやアナログに読書ノートを取ることはないが、読書ノートの取り方そのものについては、とても参考になる。

・澤田昭夫『論文の書き方』講談社, 1977.
図書館の使い方は参考になるが、逆に目録カードや雑誌をまとめた目録のようなインフラがもはやない。最後の、西洋修辞学から見た、論理的誤謬は面白い。頭の片隅に置いておくと良い。

【情報学系・アカデミックライティング系】
・味岡美豊子『社会人・学生のための情報検索入門』ひつじ書房, 2009.
特許検索が専門の人のデータベース使用活用方法案内。検索時の絞り込み方の紹介がうまい。また、情報サーチを専門とする人からの資料論が垣間見える。

・佐渡島紗織, 他『大学生のためのレポートの書き方 : 課題に応える卒論に活かせる』ナツメ社, 2022.
いわゆるアカデミック・ライティングの専門家によるもの。マップも含めて汎用性の高い方法が記されている。また、ことばづかいについても懇切丁寧だし、とても良く整理されている。ただし、ややマニュアル化されすぎており、研究そのものの面白さは伝わってこない。

(地域研究関連の事典)
・桃木至朗他編『新版 東南アジアを知る事典』平凡社、2008
東南アジア研究における必携の総合辞典。項目編、人名編、地域・国名編、資料編に分かれている。項目編はもとより、事実確認のためにも地域・国名編は有用。他に、韓国やアメリカ合衆国についても出ている。

・石井米雄監修 東南アジアを知るシリーズ 同朋舎
『フィリピンの事典』(1991)
『インドネシアの事典』(1991)
『ベトナムの事典』(1999)
『タイの事典』(1993)
各国の事典で、大きく趣が違う。一番充実しているのがフィリピンに思える。他方、一番研究ガイド的であるのが、ベトナムである。巻末の年表も、各種項目も相当に使い勝手が良いが、時折基本的な制度的な情報が抜けている。学術が異なる人が書いているので、強調する点も異なることが多い。他方、一覧で相当に細かい情報が調べられる。