アジア地域史II/Asian History II: 地域から地域を捉える―相関地域研究の挑戦

学術が理論と実態に分けられるのだとすると、実態から理論を構築し、次に理論から実態を捉えなおす、そして、その上で実態を観察することにより理論の修正を図るというようなモデルが想定しうる。19世紀以降に近代的な学術ができていくなかで、理論を構築してきたのが西洋であった。西洋社会を理念型としてつくられたそれらの理論では、西洋以外は後れたものとされ、その多くが植民地支配の下におかれた。21世紀においては、当然、このような理論と実態の関係は望ましくない。それでは、どのような理論と実態の関係が望まれるのだろうか。学術が進んだ「北」が理論を作り、その理論からの逸脱として「南」の実態を位置づけていく、そしてそのような「南」の実態を説明する理論を構築するということは、例えば政治学や経済学というような学術では行われている。これらの学術の意義を否定することは当然できないのだが、それでも、他のやり方での学知の構築も模索すべきだろう。

このような新たな学知の模索を、とりあえず地域研究的転回ということが言えよう。地域研究では、現地に根差し、現地の価値観を反映する形で理論化が試みられてきた。そのためには、ある地域を深く見続けることが必須だった。ただし、この方法だと、理論化がそれなりにできたとしても、それが他地域に適用し得るのかという点には疑問符が付くし、また21世紀のグローバリズムのように情報や人が激しく移動する状況には、静態を前提とした旧来の地域研究が実態に合わなくなってきてもいる。

本授業では、この地域研究的転回後の地域研究を、改めて脱皮する試みとして、地域Aで育まれた価値観や理論が、地域Bを研究する上でどのように役立つのか、という点に注目する。もっとも地域研究の理論とは、抽象度の低い説明枠組みのようなものである。本授業では、理論の習得や適用が目的ではない。授業内で読む論文から自らの研究関心を育み、または自らの研究に資する研究工具を学ぶことを目的としたい。

1.9月28日 ガイダンス

【アジアの近代】
2.10月5日(西洋との接触とその解釈)
泉水英計「黒船来航と集合的忘却―久里浜・下田・那覇」(第1巻)
弘末雅士『東南アジアの港市世界 : 地域社会の形成と世界秩序』岩波書店, 2004.
小谷汪之『大地の子 (ブーミ・プトラ) : インドの近代における抵抗と背理』東京大学出版会, 1986.

3.10月12日(近代と移動)
坂部晶子「交錯する農村の近代――岩手県沢内村と黒竜江省方正県」(第1巻)
田原史起「都市=農村間の人的環流 : 中露比較の試み」『Odysseus』23 (2018): 65-91.

【植民地主義から国民国家へ】
4.10月19日(国境を考える)
岩下明裕「ボーダースタディーズからみた世界と秩序――混迷する社会の可視化を求めて」(第2巻)
黒田景子「コタムンクアンのシャリフ・アブ・バカール・シャー伝承と「シャム語」話者たち : クダー史の再検討」『南方文化』45 (2019): 43-78.

5.10月26日(植民地主義とその解釈)
谷川竜一「3.75度の近代―旧朝鮮総督府庁舎からみる建設設計の歴史的可能性」(第3巻)
イレート, レイナルド・C.「知と平定――フィリピン・アメリカ戦争.」永野善子他訳『フィリピン歴史研究と植民地言説』めこん, 2004.

6.11月2日(人口・エスニシティ・センサス)
山本博之「家系図の創造―ボルネオの黄龍の子孫たち」(第1巻)
アンダーソン, ベネディクト、白石さや, 白石隆訳『想像の共同体 : ナショナリズムの起源と流行』NTT出版, 1997.

7.11月9日 受講者発表①(ターム受講者)
長岡慎介「資本主義の未来――イスラーム金融からの問いかけ」(第2巻)
ハーヴェイ, デヴィッド. 森田成也訳『資本の「謎」 : 世界金融恐慌と21世紀資本主義』作品社, 2012.

【戦争・暴力】
8.11月30日(戦争・暴力とメディア)
貴志俊彦「グラフ誌が描かなかった死――日中戦争下の華北」(第1巻)
スウィーニィ, マイケル・S.『米国のメディアと戦時検閲 : 第二次世界大戦における勝利の秘密」法政大学出版局, 2004.

9.12月7日(加害と被害の弁証法)
伊藤正子「戦争の記憶と和解―韓国軍によるベトナム人戦時虐殺問題」(第1巻)
岡田の未刊行論文(未アップ)

10.12月14日(暴力とアート)
村上勇介「モニュメントの読み解きからみる南米ペルー社会」(第3巻)
北原恵「消えた三枚の絵画」倉沢愛子他編『岩波講座アジア・太平洋戦争2 戦争の政治学』岩波書店, 2005.(未アップ)

【21世紀の信仰】
11.12月21日(公共宗教)
林行夫「生きている宗教と現代世界―東南アジア仏教徒社会からの考察」(第3巻)
黄蘊.「都市中間層の仏教実践と修行ブーム――マレーシアにおける上座仏教徒の実践」『東南アジア 歴史と文化』48(2019): 5-26.

12.1月4日(宗教と大衆)
帯谷知可「社会主義的近代とイスラームが交わるところ――ウズベキスタンのイスラーム・ベール問題からの眺め」(第2巻)
服部美奈『ムスリマを育てる : インドネシアの女子教育』山川出版社, 2015.

13.1月7日木曜日 受講者発表②

【代替の文献】
(生死)
岩佐光広「産後の食物規制のオルタナティブな捉え方―ラオスでの産後の食物規制の「生きられた経験」へのアプローチ」(第3巻)
(自然災害と経験の継承)
西芳美「記憶のアーカイブースマトラ島沖津波の経験を世界へ」(第1巻)
(グローバリズムの下での市民権)
小林宏実「「非・国民」――新たな選択肢、あるいはラトヴィアの特殊性について」(第2巻)