6月17日分
1.植民地フィリピンという難問
・普遍国家としてのアメリカ
・自らの国家を持たなかった人々としてのフィリピン人
2.はじめに――近代植民地主義について
・ナショナリズム=近代、一回性(例外はある)、脱植民地化
・近代植民地化:19世紀~20世紀、せいぜい100年~200年の経験
・国民国家の成立や産業革命が速くできるか否かという差
・世界的な現象
・主権―領土とその領土を統治する権力
・他者による主権奪取に対する反発―脱植民地化のナショナリズム
3.アメリカにおける国民国家の成立と産業革命
A国民国家
・辺境
・聖地
・理念国家
B産業革命
・南北戦争
・大陸横断鉄道
・「アメリカン・ドリーム」
・都市人口の増加
・農民のポピュリズム
Cフロンティアの消滅
・理念国家の矛盾のはけ口としての西部
・インディアン戦争
・フロンティアの消滅
・米西戦争:プエルトリコ、グアム、フィリピンの割譲
D海外進出の理念
・海外市場の開拓→海洋帝国化
・白人性=アングロ・サクソン主義=民主政治
・人種間の戦争
・福音主義
4.フィリピンにおけるナショナリズムの展開
Aフィリピン革命の前提
・スペイン人よる植民地化→ルソン島、ビザヤ地方のカトリックというアイデンティティ
・度重なる反乱:千年王国思想
・19世紀半ばの自由思想の流入と中間層の発展
Bフィリピン革命
・スペインにおける改革運動
・マニラの秘密結社:カティプーナン
・地方エリートの抵抗
・憲法制定
・自然権としての人民の主権(マビニ)
→西洋基準の国民国家に近かった社会。
C結末
・武力による制圧
・新たなる権力(植民地政府)への忠誠
・接ぎ木される歴史(もし植民地にされなかったならば、という歴史は持ちえない。)→フィリピン革命の目標とアメリカ植民地主義の目標の類似性。例)公教育、議会、社会の発展…
【問い】世俗国家、憲法体制、国民統合とは異なる目標を掲げる脱植民地ナショナリズムはありうるか?
5.帝国主義、植民地主義、脱植民地化
A帝国主義
・優劣感情→社会的ダーウィニズム
・レーニン『帝国主義論』による批判
B帝国主義論の展開
・第三世界はなぜ貧困なのか→新植民地主義論
・世界貿易や国際公共財はどのようにしてできたのか→「自由貿易帝国主義」
・特定の国がなぜ強力な軍事力を持つ帝国になったのか→財政軍事国家論
・なぜヨーロッパの帝国主義はうまく行ったのか→自然環境論
C植民地主義(植民地化された社会に注目)
・定義が困難=つまり植民地にならなかった社会と分けにくい
・近代的統治=統治権力の社会の浸透→そんなに社会に浸透しない場所が多い
・植民地社会の多様性:内国植民地 例)北海道は内国植民地だが、東北は違う
・極端な事例としての入植者植民地 例)オーストラリア、アメリカ、カリブ海
D「典型的な植民地」の三つの特徴
①協力システム
②人種差別的な行政中心の政治
③異法域
E研究方法
a 植民地民衆史研究⇔誰も民衆を代弁できない。
b協力システムの解明⇔本当に抑圧された人々を扱っていない。
c暴力研究⇔植民地において、社会開発、「発展」があったことを捉えられない。
【問い】植民地主義を「客観的」に論じることはできるか。できないとしたら、それはなぜか。できるとしたら、どのようにしたら可能か。
(参考文献)
教科書記載のもの以外
古矢旬『アメリカニズム : 「普遍国家」のナショナリズム』 東京大学出版会, 2002.
池端雪浦『フィリピン革命とカトリシズム』勁草書房, 1987.
和田光弘『大学で学ぶアメリカ史』ミネルヴァ書房, 2014.
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1.脱植民地化とナショナル・ヒストリー
・ナショナル・ヒストリーを持つという民族の権利
・その歴史では、何を「栄光」とするのか。
・良いナショナリズム/悪いナショナリズムという二区分の破綻
2.脱植民地化の困難
A北米・南米:人種秩序をどう処理するのか? 人種を語るべき/語らないべき
・語るべき→差別を現前化→被差別者の人種・エスニシティ―の本質化→「差別された」ことの強調
・語らないべき→差別の不可視化→権利上・名目上の平等と実質上(住宅・公権力との関係における)の不平等
B開発主義国家としての東・東南アジアの資本主義国
・独裁
(東南アジア)
・歴史をあまり書かない
・非歴史化された国民性の作られ方
→後述
【音楽】バギオ、イバロイの音楽
C共産主義国家という解決法
・脱植民地のより強い正当性
・党の歴史=国家の歴史
・思想の自由、表現の自由の欠如
3.冷戦終焉前後とポストコロニアリズム
・「民主化」という物語→表現の多様化
・「意識」の前景化→誰がどのように歴史を語るか?
・ナショナリズムをめぐる葛藤:過去の植民地化や独裁をどう理解するか? 反ナショナリズム? 暴力の源泉? 強い指導力?→語り始めると止まらなくなる。
・20世紀後半の暴力をどう理解すべきか?:現在も続く、様々な暴力。
過去になる場合:植民地主義の暴力と独裁の暴力をどう理解するか→アカデミズム
過去にならない場合:現在に続く暴力(ミンダナオ北部)、流動的な政治状況(バンサモロ)、無視されてしまう少数派(タイ南部のイスラーム教徒)→言論による「解決」を目指さない。
・社会運動と歴史学:密接に関係すべき? 距離を置くべき?
【問い】誰の基準で歴史が書かれるべきか?
4.フィリピン革命の概略
・フェーズ1:スペインのプロパガンダ運動、リサールの帰還、ボニファシオのリーダーシップによるカティプーナンの蜂起、スペイン官憲による弾圧
・フェーズ2:テヘロス会議後のアギナルドによるボニファシオの処刑、アギナルドの香港への出奔、カティプーナンによる革命の継続
・フェーズ3:アギナルドのアメリカ船によるフィリピン帰還、革命政府の樹立、二度の憲法策定、比米戦争の開始、正規軍同士の戦いからゲリラ戦へ、
5.革命史の論点
・(植民地期)タガログ人の反乱、アメリカ人の善意を理解できない人々
・(比・アゴンシリョ)大衆の反乱
・(比・イレート)大衆(ボニファシオ)の世界観と革命、民衆と地方エリート(アギナルド)
反論1:実証史学に反する
反論2:タガログ地方以外の世界観も論証する必要がある。
・(米・メイ)反論のみで歴史像は提示しない
反論3:アゴンシリョやイレートはナショナリスト→だから好き勝手にナショナル・ヒストリーを描く、幾つかの資料は偽造した。
反論4:信頼できる資料を繋げてもイレートのような理解にはならない。
反論5:ボニファシオは中産階級だった。→歴史における進歩を理解していた。
反論6:テヘロス会議は階級対立ではなく、革命の主導権争いだった。
反論7:フィリピン人の一般兵士は、ボスの脅しと現実的利益ゆえに動員された。
・(米・サイデル)フィリピンにおけるボス支配
・(米・マッコイ)政治的家族による無政府状態
・(蘭・アンダーソン)パトロン・クライエント制に支配されたフィリピン政治
・(比・イレート)アメリカ人の歴史学批判
再反論1:メイやその他のアメリカ人(+アンダーソン)の議論は、植民地期のアメリカ人の理解と変わらない
再反論2:歴史というのは単線的な進歩を辿らない。
再反論3:地方エリート(町長)も大衆も代弁し得る。
・(英・リチャードソン)一次資料の綿密な分析。資料から見て、地方エリートと革命家という対立がボニファシオの死を招いた。イレートのボニファシオ像はたしかに、宗教的な側面を強調しすぎなきらいがあるが、19世紀のタガログ人の言説の構造はよく捉えている。
【問い】このような議論が、現在のフィリピン大衆に及ぼしたであろう影響について論じなさい。
6.デュテルテ政権と歴史問題
・デュテルテの立ち位置:ダバオ市の剛腕市長、暗殺部隊、マッチョ、左派、反米・反マニラ・エリート、多文化主義者、
・副大統領候補としてのボンボン・マルコス→レニー・ロブレドに僅差で敗北。
・フェルディナンド・マルコスを英雄墓地に埋めるか否か→デュテルテは支持
→結局、英雄墓地に埋められた。
・マルコスを英雄墓地に埋葬すべきという見解は大体賛否半々。
【問い】単純な歴史が持つ世論に訴える(世論を分断する)力と複雑な歴史が示す大衆からの乖離とをかんがみると、どのような歴史が21世紀には求められるか?
(参考文献)
Agoncillo, Teodoro A. The Revolt of the Masses; the Story of Bonifacio and the Katipunan. Quezon City,: University of Philippines, 1956.
May, Glenn Anthony. “Private Presher and Sergeant Vergara: The Underside of the Philippine-American War.” Reappraising an Empire : New Perspectives on Philippine-American History. Ed. Stanley, Peter W. Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1984. vi, 407 p.
May, Glenn Anthony. Inventing a Hero : The Posthumous Re-Creation of Andres Bonifacio. Manila: New Day Publisher, 1997.
McCoy, Alfred W., ed. An Anarchy of Families : State and Family in the Philippines. Quezon City: Ateneo de Manila University Press, 1994.
Richardson, Jim. The Light of Liberty : Documents and Studies on the Katipunan, 1892-1897. Quezon City: Ateneo de Manila University Press, 2013.
Sidel, John Thayer. Capital, Coercion, and Crime : Bossism in the Philippines. Stanford, Calif.: Stanford University Press, 1999.
アンダーソン, ベネディクト「フィリピンのカシーケ民主主義」糟谷啓介, イ・ヨンスク他訳『比較の亡霊 : ナショナリズム・東南アジア・世界』作品社 2005.
イレート, レイナルド・C, 清水展, 永野善子監訳『キリスト受難詩と革命 1840~1910年のフィリピン民衆運動』法政大学出版局, 2005.
永野善子『日本/フィリピン 歴史対話の試み―グローバル化時代のなかで』御茶の水書房, 2016.
永野善子『歴史と英雄―フィリピン革命百年とポストコロニアル』御茶の水書房, 2000.